2017年02月01日

新刊『オバマ大統領 真珠湾平和演説』刊行にあたって

★新刊『オバマ大統領 真珠湾平和演説』刊行にあたりまして執筆者からの紹介文です。

真珠湾最終_cover_02-2.jpg

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安倍首相の真珠湾演説に現れた
アンブローズ・ビアスの詩をめぐって



 古い文書を読もうとするとき、文献学と訓詁学とは欠かすことのできない両輪です。まずはテクストを確定させること、次に語の正確な意味をつかむこと。日本古典の注釈書には、たびたびお世話になります。
 安倍晋三首相は2016年12月28日(日本時間)、オバマ大統領とともにハワイの真珠湾訪れ、アリゾナ記念館で犠牲者の慰霊を行いました。日本の現職首相が記念館を訪れるのは初めてのことだといいます。そのときのオバマ大統領と安倍首相の演説を収めた本が、このたびコスモピアから刊行されました。『真珠湾平和演説』です。
その演説のなかで、安倍首相はアンブローズ・ビアス(Ambrose G. Bierce)の作品から次の一文を引用しました。「The brave respect the brave.(勇者は、勇者を敬う)」。「戦い合った敵であっても、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても理解しようとする」、そうした「寛容の心」を首相は称えました。
 しかし、ビアスとはあまりに唐突です。ビアスって、いったい誰? そこで、注解をつけるように、安倍首相の演説を読んでみたらどうなるか、と考えました。調べながら読むと、いろいろなことが分かってくるにちがいない。まさしく「訓詁学」もどきです。
ビアス(1842−1913年)は、アメリカのジャーナリストでコラムニスト。でも、聞いたことないよな……。調べていくうちに、思い出した! あの『悪魔の辞典』(1911年)の著者だったと。日本では、かつて、この皮肉のきいた定義集がとても人気でした。1964年に岩波書店から翻訳が出ています。それを40年ぶりに本棚から引っ張り出して、「勇者」「勇気」、あるいは索引の「brave」の項目をチェックしてみました。しかし、このフレーズはおろか、項目自体も存在しません。第一勘は外れです。


勇者は、勇者を敬う。勇者は、死者を敬う。しかしあなたは・・・

ところで、ビアスの残した仕事は? ネット・サーフィンを始めると、「To E. S. Salomon(E・ S・サロモンへ)」という詩が、その出典だと確認できました。えっ、ビアスは詩人でもあったんだ! この詩がなかなかの難物です。4行×17連の詩なのですが、韻を踏むために語順が変化するは、見たこともない単語が頻出するはで、まさに悪戦苦闘。はかばかしく文脈もとれない。
ならば、E. S. Salomonが誰かを調べるしかない。エドワード・サロモン(1836−1913年)は南北戦争(1861−65年)時の北軍の将軍で、のちにワシントン準州の知事にもなったといいます。そういえば、ビアスも北軍の兵士だった。詩の文脈からすると、どうやらこのサロモン将軍を非難しているらしいのだが……。
こうして、「To E. S. Salomon」という詩は、『Black Beetles in Amber(琥珀のなかのゴキブリ)』(1892年)という詩集に入っていることが分かりました。さらに、そこには前文があって、この詩が書かれたいきさつも述べられていました。南北戦争の戦没者追悼記念日でのこと、サロモンは南軍の兵士の墓に花を手向けるのを拒絶しました。それに憤ったビアスは、サロモンにこの詩を送ったのです。

The brave respect the brave. The brave
Respect the dead; but you−you draw
That ancient blade, the ass’s jaw,
And shake it o’er a hero’s grave.

「勇者は、勇者を敬う。勇者は、死者を敬う。しかしあなたは――あなたは、〔サムソンが武器に使って1000人を倒したという〕ロバの顎骨さながらに、あの昔日の剣を抜き、戦士の墓の上で振るうのだ」。この「ロバの顎骨」も難物でした。旧約聖書『土師記』にあるサムソンの伝説だそうです。大それた武器を用いず大きな成果を上げる、そうした勲功の例えにもなっているとか。


琥珀のなかのゴキブリ

 長くなりましたが、最後に『Black Beetles in Amber(琥珀のなかのゴキブリ)』という詩集の表題についてです。“Black Beetle”は「黒カブトムシ」ではなくて、「ゴキブリ」です。ビアスは自身の詩のなかに、たくさんの「罵詈雑言」を投げ込みました。それは、まさしく「ゴキブリ」のごとき代物にすぎない。しかし、それがのちに「琥珀」に包まれ化石となって発見されたとき、後代の人々はこれを珍重してやまないはずだ。その題名には、こんな自負が込められているのでしょう。その化石を、安倍首相が――あるいは、外務省のブレインが――掘り出したというわけです。
暮れから正月は、こうした調べものに終始しました。出来上がったのは、いま書いている原稿の4分の1にあたる、400字あまりの解説(『真珠湾平和演説』所収「演説を読み解くための言葉とことがらの解説」)にすぎません。しかし、注釈が前に進めば、まるで推理小説の謎解きのような興奮が得られます。テクストを読むだけではもったいない。「注解」のすすめです。
posted by CosmoPier at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | コスモピア書籍
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